Travels with an Elephant

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zoom RSS 踊るおとーさんの一夜

<<   作成日時 : 2009/12/06 23:37   >>

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11月28日(土)

断片的な夢が走馬灯のようにかけめぐる一夜が過ぎて0600起床。火車が1005発なのでなるべく余裕をもっておきたい。

0715早餐。昨日は朝からマトモなものを口にしていなかったので空腹なのだがやはりここのメシは不味い。こんなことなら最初からグランドにしておけばよかったと後悔。

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0910、チェックアウトしてオートでERS(エルナクラム・ジャンクション駅、通称エルナクラム・サウス)へ。生まれて初めてオート体験する連れ合いは大はしゃぎ。重いラゲッジ担いで高架橋を渡るのはカンベン(今回は連れ合いの荷物まで詰まっている)なので最初からポーターまかせ。

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ふつう印鐵でいちばん頭を悩ますのは、確保した座席の車輛が何番プラットフォームのどのあたりに停まるかを見極めることなのだが、それが掲示されるcoach listの在処やどの客車が先頭から数えてどの辺りの位置に来るかなど、かなりの経験を積んでいても右往左往することは少なくない。しかし流石プロのポーター、ラゲッジを置いたそのままの場所に指定の車輛がどんぴしゃに着いたのには感心した。


余談になるが、なぜ印鐵では高架橋のことをflyoverと言わずにoverpassというのだろう?あれほどイギリス英語が好きなインド人なのに、所々アメリカ風の表現があるのが不思議。


しきりに話しかけて来るおっちゃんがいるので何かと思うと、自分はretired TTEだという。盛んに"We're friends."と繰り返すので最初は一寸警戒したが、よく訊いてみると紺ブレにホワイトジーンズという筆者の出立がTTEそのままだからフレンズだということらしい。マラヤーリーにはこういう愛嬌のある奴が多い。


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因みにTTEというのはTrain Ticket Examinerのことで、運行されてる列車の座席に関しては最高の権限を持っている。その点日本の車掌などとは比較にならないし、大体においてすごく態度が横柄だ。インドずれしたバックパッカーの中には、座席指定券なしで客車にもぐりこみTTEに袖の下をつかませてちゃっかりACコンパートメンとに収まるというような裏技を駆使する輩もあると仄聞するが、以前地方の駅で「TTEを買収するのは犯罪です」というポスターを見かけた経験があるから、あながち都市伝説ではないようだ。

定刻通り発車。しばらくバナナチップスをボリボリ、安堵感とともに味わうバナナチップスの味はまた格別だ。チャラクッディを過ぎた辺りで連結部のドアを開放して流れる風景をハンディカムで撮っていたら、全身黒装束の巡礼がしきりに話しかけてきて、シャバリマライの山渓の流れの美しさ、童神アイヤッパンのありがた味をしきりに力説する。余程信仰深い男なのか?しかし単にお喋り好きな奴はマラヤーリーには多い。

連れ合いがインド式の2 tireに興味を示しているので仲々感心な奴じゃわいと思っていると、何のことはない、さっさと上段寝台に登って寝てしまう。単なる怠け者である。イリンジャラクダを過ぎた辺りで本物のTTEが登場。日本でネットを通じて購入したEチケットは身分証明を示すだけでよかった。購入したccは示す必要なし。いや、便利な時代になったもんだ。このTTEも無愛想にしているが、筆者のパスポート見ながら「ほお日本からね」とつぶやいてニヤリと笑った。


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トリシュールの駅で懸案のビリヤニを買う。が、やはり例の品ではない。がっくし。あれは南行きのフォームでしか買えないものなのか?Rs. 50のチキンビリヤニは殆ど連れ合いの腹に収まる。仕方ないのでさらにバナナチップスをボリボリ。

トイレに籠って一服つける。ふと見ると片隅にブランデーの空便が隠してある。車内禁酒禁煙に苦労してる奴はどのにもいると見える。1250、殆ど遅延なくショラヌール・ジャンクションで一時停車。


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定刻1410にPGTに着くが迎えの者の姿見当たらず。冬とはいえ昼間の日差しはかなりきつい。背中に汗が伝うのを感じ乍ら十分余待つが埒開きそうにないのでおとーさんに電話。南口に旅行者の者を行かせたのでそちらへ回ってくれとのこと。汗だくになりながら思いラゲッジをひいこら担いで陸橋を渡る。

待っていたのは十人乗りくらいのバス、我々以外にも他の招待客をホテルまで運ぶとの由。十分ほど待ってバンガロールから南下してきた急行が到着。新たに招待客がぞろそろ。おとーさんのパブリックスクール時代の友人、花嫁ネーハの友だち、それに周航記さんである。バスの中で思い思いにお喋り。パブリックスクール時代の友人たちは初見の我々に向こうから話しかけて丁寧に会話の輪に参加できるように気遣いしてくれる。こういう社交術はふつうはインド人は身につけていないもので、大体においてインドの金持ちはもっと横柄で人を見下している。これだけでこの連中のバックグラウンドがアパーミドルであるのがたちどころに判明する。英国式パブリックスクールの教育だけではなく、全員英米圏への留学経験も豊富なのだと見た。一方ネーハの友だちというのはまだ若くて(多分二十歳代の前半だろう)色白でひょろっと背が高くお洒落な身繕い、典型的な西洋化した都会の、というよりバンガロールの金持ちの子弟である。数日前にシヴァージナガルで和んでいたと言うと「えっ、旅行者がなんであんなガラの悪いところに!」と驚愕された。招待客を見てると今回結婚する両家の特徴が分かって面白い。


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このシティボーイをとあるホテルで降ろして残余はインドラプラスタへ。この田舎町では、まあ最高級のホテルである。今後の展開が悉皆不明なので(他の招待客も大まかなことしか分かってないらしい)まあなるようにしかならんと腹くくってノンビリ寛ぐ。

1600頃おとーさん、ハリ君を伴って来室。1900からタラヴァッドにて晩餐+前夜祭とのこと。ハリ君にお土産を渡す。1640美少女・須田ちゃん来る。おとーさんの話では体調優れずとのことだったが見た目は元気そう。拙い日本語で愛嬌をふりまく姿はしごく可愛い。再会を約して別れる。

1900にホテルのロビーに集合し昼間の乗り合いバスでタラヴァッドへ。闇に沈んだ村の中でタラヴァッドだけが煌煌と光りに包まれている。招待客の自家用車のために細いエントランスの通路も拡張してある。


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毎度お馴染みのタラヴァッドは農村風景の中にしっくり溶け込んでいるはずなのだが、今日ばかりは屋根全体が電飾で覆われていて不夜城の様相。さすがにちょっとたじろぐ。

裏庭はすっかりパーティ会場に姿を変えていた。


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酒や食べ物を供する屋台にDJブース、ライトマンを従えたプロの撮影班の姿もそこかしこに。アルコール用のブースにはトディ、アラックの看板が掲げられていて笑う。蒸留酒は試さなかったが本物のトディらしきもの用意されていた。


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この間聞いたときは食事は全部ケータリング会社に任せると言っていたから、式場の設営から撮影編集に至るまで一式まるまる込みでおいくらのサービスがあるのだろう。ケータリング会社はChoice Caterersというらしい。


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さっそくバーでウィスキー・ソーダ。残念ながら昨晩の悪所と味はたいして変わらない。致し方ないことながら、酒文化に関してだけはインドは後進国の誹りを免れない。あちこちの屋台でつまみを試したあと、おとーさんの紹介で新郎新婦に挨拶。


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新郎ヴィシュヌは思った以上に若く、幼い面立ちが印象に残る。新婦ネーハはマラヤーリーとパンジャビのハーフで美人。自慢の嫁さんだけはある。

会場ではおとーさんの甥の一人ハリがゲストのサービスに大活躍。いつもお世話になっているハリ君は奥さんの血筋の甥でハリハラン、このハリはおとーさんの兄弟の息子でハリクリシュナ。その後何人かのゲストと話して判明したことには、一族からは亡くなった奥さんの兄弟姉妹の配偶者とその子孫までがそろって顔を出していたそうだ。さすがインド的ジョイントファミリーである。

食事も一段落したところで新郎の友人のプロのDJが入ってダンスパーティが始まる。最初は子供たちが飛び跳ねてるだけだったが、はるばるバンガロールからやって来たヴィシュヌの仲間たち加わるにおよんで辺りはもはやクラブ状態となる。


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最後には老若男女いりみだれて大盛況。おとーさんも級友たちに引っ張られて踊りの輪に参加させられる。周氏や連れ合いも浮かれてステップを踏む。


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ゲスト一同夜のふけるのも忘れて踊り明かした一夜だった。

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